強いメッセージに汚い言葉は必要なのか?

公開日:2017/07/25

強いメッセージを発信できる人になりたい。そう思っていろいろな人のブログやTwitterを見るようになりました。

そして気づく、汚い言葉を使う人の多さ。果たして強いメッセージ=汚い言葉で相手をぶっ潰すことなのか。強いメッセージには、汚い言葉が必要なのか。そんなことを考えます。

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ことの発端

Twitterで、ブロガー同士の派閥なのか何なのか、争いのようなものをよく見かけます。Twitter上でのやりとりもあれば、それぞれのブログで「言及記事」を書きあうものもあれば。あの人の発言のあそこはおかしい、いやそれはおかしい、の殴り合いみたいなもんですね。

まぁ考え方はいろいろですし、それはいいんです。

が、どうにも汚い言葉を使う人ってのがいて、自分の中でモヤモヤしてしまったんです。なんでそんな言葉使うの?と。

僕は品のある文章のほうが好きなのですが、どうして汚い言葉を使う人がいるのか。

そこから、強いメッセージと汚い言葉の関係が気になって、自分なりに書いてみることにしました。

この記事の結論

この記事の結論は、

  • 強いメッセージに汚い言葉は不要だけど、汚い感情は必要

になります。ではどうぞ。

強いメッセージとは

まず強いメッセージとは何なのか。

僕の考えは、

  • 自分に素直になって、好き嫌いや考えをはっきり言うこと
  • その中に相手を納得させるだけの根拠が揃っていること

です。

メッセージには意見が必要。その根源は感情的な好き嫌いだったり、自分の人生経験からくる考えだったりします。

で、(結果的に相手を納得させられなくても)相手を納得させようとする、それだけの根拠を揃えることは、強いメッセージには必要だと思います。

強いメッセージが発信できるといいことがある

強いメッセージが発信できると、いいことがあります。自分の意見に納得して共感してくれた人が変わってくれたり、自分を慕ってくれたりします。

発信力っていうのは、とても強力な武器になると思います。自分の強い信念からメッセージを発信し、相手を動かす、相手に影響を与える力には僕も憧れます。

汚い言葉ってどんなもの?

続いて、汚い言葉ってどんなもの?です。

わかりやすいところで、「死ね」「クズ」「カス」「キチガイ」などなど。あー、よく見るよく見る。嫌な言葉ですねぇ。

あと、決め付けや押し付け、命令形などは汚い言葉とは違いますが、僕は好きではないのでついでに書いておきます。

汚い言葉の目的は?

汚い言葉ってのはどうして使われるんでしょう?汚い言葉を使う人たちを見ると、なんでそんな言い方なの?と疑問に思います。

考えたのはみっつ

  • 汚い言葉を使うこと=相手を変える強いメッセージだと思っている
  • 攻撃が目的
  • なんとも思ってない

汚い言葉を使ってる人って、正直おっかないです。怖い。だからなんとなく言うこと聞かなきゃいけない気になったり、業界で一目置かれているすごい人なのかな、なんて思ったりします。逆らえない雰囲気を作るために汚い言葉を使ってる説。

攻撃自体が目的の場合もありますよね。発言に中身なんてなくていい、ただ相手を不快にさせたい説。

そして、汚い言葉が飛び交うそういう環境で育った結果、見ず知らずの人に汚い言葉を使うことをなんとも思っていない説。

汚い言葉を使う人は自分の感情に素直とも言える

汚い言葉をぶちまけている人は、自分の感情にはとても素直な状態と言えます。

自分が相手にどう思われようが、相手を傷つけようが、自分の考えを自分の言葉で言える姿は、真似できない人にはできません。いわゆる八方美人とか顔色をうかがってしまう人。そう、僕です。

実は、僕は少し憧れています。汚い言葉を堂々と使える人。

でも強いメッセージに汚い言葉は不要です

憧れはしますが、やっぱり僕は強いメッセージには汚い言葉は必要ないと思います。

そもそも、強いメッセージを発信しようとする意味が、相手を変えたり自分の声を届けたりっていう目的なんですよね。汚い言葉を使う人も、気に入らねえっていう自分の感情とか意見を世に出して、相手に伝えて世界を変えたいから発信しているんでしょう。

でも「クズ」とか「死ね」とかの言葉や、決め付けたり押し付けたりしてくる人、汚い言葉を使う人と僕は議論しようって気になれない。

僕は考え方の違う人とも話し合って分かり合えないのならそれでいいと思うんですが、まず話し合う段階に進もうと思えないんですよね。だって、言っても聞かなそうじゃないですか。

印象として、こういう言葉を使う人は感情の脊髄反射というか、根拠がなかったり筋が通ってない人も多いですし、もし良さそうなことを言っていてもなんか怖いし近寄りたくない。

発信しても聞いてもらえない。それは発信者としては、損ですよね?言葉遣いで損をするんです。

汚い言葉なんて使わなくても、言いたいことは伝えられるんじゃない?きっとリアルでは言わないと思うんです。言うのかな?そりゃ家でひとりなら僕だって汚い言葉くらい言います。言いますけど、現実で相手に面と向かって言える人ってそんないます?

投稿ボタンを押すまで時間はあるんだから、考えてほしいです。

もし、汚い言葉を使うこと=強いメッセージを発信できていると思っているのなら、改めたほうがいいと僕は思います。だって、シンプルに印象よくないでしょ。相手と議論しようってときに、せっかく良い意見と立派な根拠があっても、相手に不快な感情を与えていたら冷静な議論はしてもらえないもの。

ちなみに、もし目的が攻撃なんだとしたら、汚い言葉は正解です。言われた相手はさぞ傷つくでしょうし、その姿を見たらあなたも満足でしょう。

でも攻撃って。考え方が違うから話し合ってみようとかじゃなく、気に入らないからぶっ潰そうって、それはそれでどうなんでしょう。僕は、幸せからは遠い考え方だなぁと思います。

強いメッセージに必要なのは汚い言葉ではなく、汚い感情

そんなわけで、強いメッセージに汚い言葉は必要ないと僕は思います。

ですが、強いメッセージの源っていうのは人間の持つ汚い感情であろうとは思います。怒りとか憎しみとか、あいつの考え方は気に入らねえ!っていう気持ちが強力な発信力に変わるのは事実でしょう。

強いメッセージに必要なのは、汚い感情です。

自分を殺さず、正しく伝える

怒りとか憎しみとか、もちろん死ねとかバカとか、僕だって普段思います。危険運転のやつに遭遇したときとか、街中の歩きタバコとか。このクソ上司!とか、そういう汚い感情を抱くまでは正解だと思います。その感情すら我慢して、「私は汚い言葉なんて使わない良い人なんだ」と仮面をかぶるのが正解とは思いません。

誰だって、汚い感情はあるはずです。

ただ、まぁ、そこから言い方や伝え方を考えられるのが人間だと思うのです。そう思いませんか?

普段から感情豊かで、自分の意志があって、気に入らないものを気に入らないと言える人。汚い感情をたくさん抱えている人は、強力な発信者になれる可能性があると思います。でも、大切なのは伝え方だと僕は思う。

誰も傷つけず、のびのびと発信したい

こうやって考えると、感情的な人ってのは魅力的なんですよね。喜怒哀楽、感情豊かな心が持てたら、あとは感情の伝え方です。

ああしてほしい、こうするべき、あれはよくてこれはダメとか、自分なりの意見を言うのは良いことです。

ですが、相手に届けて考えさせる、議論ができる発言に価値があると思います。僕たちの意見が一歩間違ってただの攻撃になってはいけないのです。

ブログに限らず、Twitterや、YouTubeのコメント欄などでも気軽に意見を発信できる現代なのだから、意見というものが何のためにあるのか、考えながら発信していきたいですね。

まとめ

  • 強いメッセージには、自分の強い感情と根拠が必要
  • 汚い言葉を使うと損をする。使うのは簡単だけど使わない
  • でも、汚い感情は必要。感情豊かな人は魅力的な発信者になれるかも
  • 大切なのは伝え方

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