社会適合者になるか、社会不適合者でいるか。

社会で働く身。

原因はすべて自分。

バイト先での話。

作業のやり方が少し変わり、仕事を覚え直す必要が生まれた。

上の方々は、「変わったからよろしくね」を押し付けてくるだけ。
つまりマニュアルなどの用意は無く、向こうから教えてもくれず。

わかってる人に自分からやり方を聞くことにより、覚え直さなければいけない。

さて、新しいやり方を聞かないままだとどうなるか?

仕事ができない、ということになる。

これは困る。

ここで本来のまっとうな社会人ならば自分から積極的にやり方を聞き、コミュニケーションを取りながら楽しく働く、なんならマニュアルも自分で作っちゃう、といったところだろう。

しかし僕はこの、人に聞くという行為がとんでもなく苦手だ。

理由は何故だろう。

コミュ障だから?

そんな一言で片付けず少し考えてみる。

わからなくて質問する自分が惨めだと感じてしまうからか。
仕事に対してキラキラと積極的、そんな自分の姿が気持ち悪いという感じもする。

ひとつ言えることは、現状いまの職場にそんなに意欲的ではなく。

これはまた別の原因があるのだが、一言でいえば「自分のポリシーに反する」というわけで、職場の方々ともあまり仲良くしようという気が持てない。

本当にいい人たちばかりなのだ。
だけれど、それとこれとは別であり。

同じ目的を持って働くという点では、あまり高い志を感じられない職場なのだ。

そんな気持ちを抱えながら働いていたところに、今回の作業変更の一件。

教えてもくれず、マニュアルの用意も無い。

どうしても僕は、「変えるだけ変えて教えようとしないそっちが悪い」という気持ちを持ってしまう。

己のこの悪しき気持ちに従うかどうかが、社会に適合するか不適合に生きるかの分岐点である。

  • やり方を聞かない→仕事ができない→居心地が悪い→行きたくない

最近バイトが嫌だなぁと感じている原因が自分だということも、わかっている。

心を開き、聞けばいいだけ。

コミュニケーションを取ればいいだけ。

でもそれが、なぜだか難しい。

もどかしい。

とても働きづらい日々が続く。

 

自分自身を分析すると、責任を与えてくれて、それなりのポジションにいられれば輝けるタイプなのだ。

もともと完璧主義だし、責任感だってしっかりある。

でも反骨精神、他人の思い通りになることを嫌がる節もある。

社会適合者ならば、自分から仕事を探しに行け、ということだろう?

そんなことはわかっているのだ。

でも完全なる自主性を求められる職場では輝きづらい人間だって、いてもいいじゃないか。

なぜ、僕より後から入ったバイトの子は僕がまだ教わっていないことをやらせてもらっているのか。

なぜ誰も、僕の話を聞いてくれないのか。

僕が「消費者視点でお客様第一に仕事したい」と思うことを、なぜ否定するのか。

居心地が悪い。

 

社会適合者になり、無理矢理にでもスイッチを入れてキラキラ明るい自分で振る舞うべきか。

社会不適合者のまま、すべてを敵だと思いながら鬱屈した毎日を過ごすか。

 

分岐点。

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