自分を愛せない人間は、損しかしないのよ。

自分嫌いはどうすれば人を愛せるのか?

 

「自分を愛せる人は他人も愛せるし、だから他人からも愛される」

 

これがきっとこの世の真理で、本来はみんながみんな自分を愛して他人を愛して、他人からも愛される、そんな人間関係を築くことができれば幸せな世界になるんだろう。

 

 

しかし、そのスタート地点である「自分を愛する」ができない人は少なからず存在していて、自分を愛せない人は普段から自分をバカにしたり自分を見下したりする。

 

それが当たり前になっているから、同じ目線で他人のこともバカにしたり見下したりしている。

 

「いや、そんなわけは・・・」と思っても、それは表立っていないだけで、心のどこかではきっとそうやって他人を否定してる。

 

「私はこんなに最低なクズ人間なのであり、あなたのことも傷つける。だからあなたも私のことが嫌いなのだ、そうに違いない」と考えて遠ざけてしまう。

 

愛されることが下手なのだ。

 

自分を愛せないと、損しかしない。

 

 

このような生きづらい人生の中でも、生きていればごくまれに「居心地の良さ」を感じる人との出会いが訪れる。

 

その居心地の良さの正体は「私の嫌いな私の一面を出しても、受け入れてもらえる実感」ということだ。

 

自分を愛することができない人が、そんな自分が持っている「自分の嫌いな一面」をふと出してしまい、それでも受け入れて接してくれる人との出会い。

 

そんな人が、クラスにたった一人かもしれないし、学年にたった一人かもしれないし、ネットで出会うたった一人かもしれないが、広い世の中にはたしかに存在している。

 

ある意味で、その人の前では「ありのままの自分でいられる」ということである。

 

そういう人の存在に気づけると、相変わらず自分のことは嫌いだし、その人から愛されることも上手じゃないけど、その人のことは愛してみようかな、と思えたりする。

 

不器用だから傷つけてしまうこともあるかもしれないけれど、その人のことを自分なりに愛してみる努力をしてみようかな、と思えたりする。

 

 

自分に居心地の良さを与えてくれる相手を大切に感じ、愛してみようとする自分の気持ちや行動。

 

その気持ちや行動は、バカにされたり見下されたりするようなものでは決してない。

 

人としてかけがえのない、とても素敵なものだ。

 

どれだけ下手くそでも、他人を愛そうとしている自分に注目してみれば、案外自分も捨てたもんじゃないと思えてくる。

 

自分の良いところだけを見る癖がつけば、相手の良いところだけを見る癖がつく。

 

自分を愛することが少しずつ上手くなれば、他人を愛することも、他人から愛されることもきっと上手になっている。

 

自分の良いところだけを見る、と書くと都合がいいように感じるかもしれないが、それでいいのだ。

 

自分を愛せないと、損しかしないのだから。

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