「読者視点はそんなに大事なのか?」ブログ歴3年半で考える

2016年11月から運営しているこのブログ、何度も挫折を繰り返しています。

そもそもブログを開始した理由が「稼ぎたい」だったため、読者視点で、あくまで仕事として世の中に価値ある記事を書く必要があるのだとずっと考えていました。

お金を生み出そうと思ったら当然のことですよね。

ただやってみるととても難しくて、何度も心が折れてしまい・・・今振り返ると、書いていない期間のほうが多かったんじゃないかと思います。

当時ブログを始めたときには他にもたくさんの「稼ぎたいブログ初心者」とTwitterで出会いましたが、2020年現在で生存を確認できる人はごくわずか。

Twitterアカウントを変えてどこかで成功している可能性もありますが、まぁきっと大半の仲間は闇に消えていったのでしょう。

お金を稼ぐことの難しさ、読者視点でのブログ継続の難しさを強く実感してしまいます。

 

しかし、ブログというものの在り方について疑問に思うこともあります。

そんなに読者視点が大事なのか?

最重要なのは読者視点なのか?

と。

 

日常におけるLINEでのやりとりに注目してみると、文章というものは「話したいこと(用件)」さえあればいくらでも生み出せるものだとわかります。

LINEで文章を書くとき、「相手にとって価値のある文章を・・・」などとは考えないでしょう。

メシに誘いたいから「いついつ空いてる?」、聞きたいことがあるから「これって知ってる?」、どうしても話したくなって「ねぇ、あの映画メッチャ面白かったよ!」など。

読者視点から開放されれば、文章なんていくらでも書ける。話したいことなんて、実は山のようにある。

読者視点が足かせのようにも思えてきます。

 

もしブログを継続的に書くだけならば、おそらく読者視点は邪魔な存在でしょう。

実際、ブログ開始当初から課してきた「読者視点で記事を書く」というルールを少し緩くしたことで、ここ数日は肩の力を抜いてブログの更新ができています。

もちろんそうやって生み出される記事は多くの人にとって何の価値もないような記事かもしれません。せっかく訪れてくれた人の時間を奪うことにもなりかねない。

「ゴミをネット上に増やすな」という声も聞こえてくるかもしれません。

しかし、僕は文章を打っている時間がなんだかんだ好きで、自分の打った文章もなんだかんだ好きです。

何かの感想を書いた記事も、弱い自分をなぐさめるために書いた記事も、何かを宣伝しようとして書いた記事も、読めばそのときの自分のことが思い出せるんですよね。

自分にとって意義があるなら、とりあえず最初はそれでいいんじゃない?と思ってしまいます。

 

「だからみんなで読者視点の大切さを忘れよう」というわけでは、決してありません。

 

たくさんの人を喜ばせたり、価値を提供してそれこそお金を稼いだりするためには、「読者視点」は間違いなく必要なことです。

ただそれも、文章を書く楽しさを知った先で挑戦すればいいのではないかと思うのです。

文章で稼ぎたければまず文章を書くべきではないか?

書くために「読者視点」が足かせになっているならば、いったん肩の力を抜いてもいいのではないか?

 

そういう話です。

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