挑戦という最初の一歩を踏み出すこと。

「実績も何もないヤツが発信なんかして何の意味があるのか?」

 

「情報もないやつに情報発信なんてできるわけないでしょ」

 

そんなことが各所で言われております。

 

自分が必死こいて考えた文章や言葉よりも、その辺の(少なくとも自分からしたらどこの誰かも知らない)人の記事やツイートのほうが圧倒的に支持される現実。

 

心が折れちゃうよね。

 

でもね、気づいたことがあってさ。

 

最初っからそうやって注目される人なんて、いねーよ、って。

 

僕は先日「腹筋割るぞチャレンジ」として、ぶよぶよの腹を今度こそ割るぞ!って決意を込めた記事を書いた。

 

それを読んだ友人は「どこそのおじさんが腹筋鍛えるだけのブログ。誰が読むの?」って言った。

 

そのとおりで、今の僕はどこぞのおじさんだし、ぶよぶよの腹だし、何の価値もない人間かもしれない。

 

それでも。

 

もしこのチャレンジの先で、ほんとうに僕がバッキバキの腹筋を手に入れたら、どうだ?

 

その瞬間に、僕の書いた記事は「腹筋バッキバキのおじさんがその腹筋を手に入れるまでの実体験レポート」になる。

 

もし失敗しても「このやり方ではダメだ」ということを教えられるようになる。

 

実績だの、価値ある情報だの。

 

そんなものは、挑戦という最初の一歩を踏み出した先で手に入るものじゃん?

 

その最初の一歩を「おめー、何の実績も情報もないくせに、人の役に立てるわけねぇよ」なんて言われて、怖くなって踏み出せなくなるのはイヤだ。

 

もちろん、今この瞬間の自分に何もないことは、受け入れる必要がある。

 

その現実を受け入れて、それでもなお自分が誰かの役に立ったり心に残ったりする何かを残したいのだとしたら。

 

僕たちにできることは、挑戦という最初の一歩を踏み出すことだけでしょ。

 

やって失敗しても、たぶん後悔はしない。

 

少なくとも、やらなきゃなんにもならない。

 

挑戦の先には体験があり、その先には発見がある。

 

挑戦とは、いわば活動の第一歩。

 

自分なりの芯をもって活動を続けていれば、少ないかもしれないけど、誰か応援してくれるでしょ。

 

そこは信じるしかないけど。笑

 

人生どうせ長く生きても100年だ。

 

僕なんかもう3分の1が終わってるし。

 

チャレンジを始めるなら早いほうがいい、それだけたくさんチャレンジできるから。

 

金もないし仕事もないし人望もないかもしれないけど、とりあえず挑戦、挑戦!

 

楽しくやってみよー。

 

そんなことを話してみたくて、書いてみました。

 

各々の挑戦の先で、どこかで道がまじわったら、そういうのも楽しそうだよね。

 

わくわくしちゃうね。

 

いえーい。

 

以上、小山田でした。( ^ω^ )

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