amazarashi「抒情死」歌詞考察。自分らしさの難しさと大切さ

amazarashi「抒情死」の歌詞考察をしていきます。

 

amazarashiのアルバム「ボイコット」に収録の楽曲「抒情死」について。

 

「歌詞の意味がむずかしい」「どんなメッセージが込められているのかわからない」と悩む人もいらっしゃるでしょう。

 

”拒絶”という言葉が繰り返し叫ばれたり、”私の私”という言葉がでてきたり(「とどめを刺して」のMVにもでてきましたよね)、なんとなくアルバム「ボイコット」のキモになっていそうな予感をさせるこの曲。

 

良い曲で僕もとっても大好きですが、歌詞の意味を理解するにはどうすればいいでしょうか?

 

今回は楽曲「抒情死」の歌詞考察として、みんな大好きSNS(Twitter)に例えてみることで、歌詞の意味に迫ってみようと思います。困ったときはなにかに例えてみるのがいちばん!(笑)

 

読んでいただけたら、けっこう納得できて、そう思って聞けば(正しいとは限らないですが)そんな気がしてくるのではないかなぁ、と考えております。僕は自分で「なるほどなぁ」と納得しちゃいました。

 

本文の内容です。

  • SNSに例えてみよう
  • 浮かび上がる生きづらさ
  • 自分を死なせた経験がないか
  • 自分でいることの難しさと大切さを歌っている

この曲を聞いて「僕も僕だけの抒情詩を詠ってみたい!」と思わされました。

 

あなたもあなたなりの楽曲からのメッセージを受け取ってもらえたらうれしいです。

SNSに例えてみよう!

まずは抒情死にでてくる歌詞をSNSのTwitterに例えてみます。

 

今の時代、おそらく多くの人に身近なTwitterに例えてみることで、歌詞の情景が浮かびやすくなるからです。

 

さっそく冒頭の

アイデンティティが 東京湾に浮かんでいる

ですが、

  • アイデンティティ=自分が書いた日常の何気ないツイート
  • 東京湾=タイムライン

だとしてみます。続く

巡航する豪華客船の その波で浮遊してる やがて沈む

は、

  • 巡航する豪華客船=みんなのいいねやRTを集める(いわゆるバズった)誰かのツイート
  • その波で浮遊してるやがて沈む=タイムライン上の自分のツイートが他の(たくさんの注目された)ツイートの中でただよい、埋もれていく状況

と想像してみます。

 

豪華客船に乗っている乗客=バズっているツイートに乗っかり同調している人たちは、自分のツイートを見て「なんだあれ、注目したほうがいいのか?(助けるほど)価値のあるものなのか?いや、得体が知れないヤツのツイートだろ、どうする?」とながめているわけです。

 

同じように2番の歌詞も、

何が善で何が悪か 白と黒分かり合えず いがみ合って

って、Twitter上でバズってるツイートのコメント欄で誰かと誰かがやり合ってるのって見たことあると思うんですけど、まさにあれですよ。

 

そのあと、別の人が「ここは分かり合いましょうよ」と”共感”(妥協案)を差し出しても「そんなものには頼らねぇ!」って折れない人、よく見かけません?

 

で、こういう経験をし続けたり見続けたりしていると、SNS上で自分の”暮らしの抒情詩”が、まさに”蝕まれていく”わけですね。

 

自分の感じたことや考えを発信することが、ひどく場違いな気がしてきて、いいね&RTマシーンと化す。

 

あなたのアイデンティティは、すっかり応答途絶、というわけです。

 

でも、私の私は、ただじゃ死なないし、誰にも変えられないし、何者にも歪めることは出来ない。たしかに存在しているはず。

 

だから、声を聞かせて。顔を見せて。蝕まれながらでも詠い続けよう。

 

そう歌っているわけですね。

 

SNSに例えてみたら、なんとなく「抒情死」の歌詞の情景が浮かんだのではないでしょうか。

浮かび上がる生きづらさ

SNSに例えてみて、歌詞を読み解いて、まず浮かび上がってきたのは生きづらさです。

 

自分の感じたことを素直に表現したり発信することが、のびのびとできないなんてしんどいですよね。

 

みんなが注目している流行やバズりツイートに乗っからないだけで遅れてる人扱いされたり、どっちつかずの意見を言ってみたら「そういうのいらないんで」と言われたり、ってことですよ。

 

そんなのしんどすぎます。

 

でも、それがもはや当たり前の風景になっていることに気づくと、怖さがわかると思います。

自分を死なせた経験がないか

SNS上で、自分を死なせた経験がないかと言われたら、僕はあります。

 

だって、自分がツイートしたところで注目なんてされないですし、どうせ豪華客船の波に埋もれて終わりですもん。

 

そんな中でいったい自分の感じたことに何の価値があるのか?って考えちゃいますよ。

 

そうやって、知らずしらずのうちに自分のことも蝕んでいたと思ったら、やっぱり怖い。

自分でいることの難しさと大切さ

この「抒情死」という曲は、自分が自分でいることの難しさと、大切さを歌っている曲なんだと思います。

 

ここまでSNSで例えてみたものを読んでくださったあなたなら、なんとなくわかってもらえるでしょう。

 

もちろんSNSだけに限った話ではなく、現代の社会にあてはまることです。

 

自分の価値を確かめることの難しさと、それでも自分らしさを守ることの大切さ。

 

なかなか難しいですけど、僕はやっぱり「僕だけの抒情詩を歌ってみたい!」そう感じました。

 

だって、amazarashiが大好きですから。

 

いかがでしょう、SNSに例えてみましたが、けっこう納得しちゃいましたか?(笑)

 

ちなみに考察に正解なんてないでしょうし、正解かどうかこだわってもしょうがないので、参考程度にお願いします。(笑)

まとめ:暮らしの抒情詩、詠ってみよう!

  • SNSに例えて歌詞考察
  • 浮かび上がる生きづらさ
  • 知らずしらず自分を死なせているかも
  • 難しくも大切な自分らしさを詠い続けよう

以上、amazarashi「抒情死」の歌詞考察でした。

 

今回の考察のような意味があるのかな、と思って曲を聞くとメッセージが刺さりまくって、余計この曲が大好きになってしまいました。

 

ぜひ、暮らしの抒情詩、詠い続けていきましょう。

 

今回とても楽しく考察をできましたので、ぜひあなたの考察も聞かせてほしいと思います。そのきっかけになれればうれしいです。

 

よろしければ、他の記事も読んでみてほしいのと、amazarashiアルバム「ボイコット」万が一まだ聞いてないなんて人がいらっしゃたら、ぜひ聞いてみてほしいですね。商品リンク↓

たいへんオススメです。

 

(記事はこれから追加します〜、汗)

 

それでは、小山田でした。( ^ω^ )

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